


学部時代に教わったことが、今につながって、なんか自由になってきた、という話。用事がありまして、いつもより遅い時間のお届けです。
「近代では文学は高尚なものという見方が出てきますが、中世では読者が自分自身の基準でもっと自由に作品を楽しんでいたのです」
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エッセイで言及したミュージックビデオの歌詞です。イタリア語はさっぱりなので、Claude Sonnet mediumとGemini Flash expandedを使いました(こうやってモデル名まで書くと、料理のスレシピみたい)。ClaudeとGeminiはイタリア語→日本語で訳し、私はイタリア語→英語→日本語で訳し、掛け合わせました。完全に合っている保証はできませんが、たぶんこんな感じ。初読でも意味がとれるように、言葉を多めにしています。
構造としては、語り手(僕)が、自分のことを三人称で「彼」として描写しているところがあります。「彼」は過去や記憶を回想しているパート、「僕」は今の気持ちを表現しているパートと読みましたが、どうでしょう。「彼女」はしゃべらず、「彼」「僕」が一方的に問いかけ続けるだけです。
Pinguini Tattici Nucleari - Sorry Scusa Lo Siento
熱狂的なメキシコW杯の決勝戦を思い出させるような、ものすごく熱気のある夜のこと。
彼女は、最新の尖ったクラブミュージック(ハイパーポップ)で踊れるエッジの効いた場所を探していた。
一方、彼は誰もいない廃墟の別荘に勝手に忍び込んで、幽霊のふりをして驚かせる仕事をしていた。
史上最高に寂しいパーティーを開くために、その場所を勝手に使っていたんだ。
彼は彼女に問いかけた。
「ここに残る? それとも帰っちゃう? どうしてそんなに秘密主義で、心を閉ざしているの? ミステリアスな君がタロットカードで僕のどんな運命を占うのか、後で教えてよ」
まるでホラー映画(『サイレントヒル』や『ポルターガイスト』)の世界に迷い込んだみたいだ。
いっそ映画館を丸ごと貸し切って、暗闇の中で二人きり、じっと目を見つめ合おうか。
だから、ソーリー、スクーザ、ロ・シエント(英語、イタリア語、スペイン語、あらゆる言葉で謝るよ)。
僕は世界中の言葉をいくつも知っているのに、君の心の言葉だけがどうしても理解できないんだ。
僕はもう、ここに長すぎるほど留まってしまっている。
君を見ていると、あの魅力的な世界の歌姫(デュア・リパ)を思い出すよ。
「夏」という季節は、いつも何の前触れもなく突然やってくる。
僕たちの怪しい秘密のパーティーを突如摘発しに来る、警察みたいにね。
だから、ソーリー、スクーザ、ロ・シエント。
使う言葉はすれ違っていても、僕たちは同じ世界(宇宙)に生きているんだから。
実は、彼女は「魔女」とサーカスの「ライオン使い」の間に生まれた風変わりな娘だった。
最初から現実離れしたステージの上で生まれた彼女。
ある夜、彼女が月とかがり火の間を飛び越えるような大ジャンプを見せたのを最後に、二人はエドガー・アラン・ポーの怪奇小説のページの中に逃げ込んで姿を消してしまった――そんな噂が流れるほどミステリアスな二人。
人は現実の世界で一度死んでしまえば、むしろ物語の中で永遠に生き続けるものさ。
彼は彼女に聞いた。
「ここに残る? それとも行く? なんだか寂しそうな顔をしているね。もし僕に気がないなら、この二人きりの逃避行もただの退屈しのぎのゲームになってしまう」
西洋のコックリさん(ウィジャボード)や、神秘的な魔法の世界。
いっそ誰もいない夜の遊園地を貸し切って、二人でスリルと虚無の中に真っ逆さまに落ちてみようか。
僕たちはまるで幽霊のように、この同じ世界をあてもなく彷徨っている。
ここに残る? それとも帰る? 今度は本当に決める時だ。
誰もいない静まり返った廊下に、ダンスミュージックの「ワン・モア・タイム」が虚しく鳴り響いている。
人がせわしなく行き交う現実の世界で、いつだって僕たち二人だけは浮いている。
誰も邪魔が入らない場所で、二人きりで静かに踊るためだけに、いっそ墓地でも貸し切ろうか。

